憂いの沼
2012年 04月 23日
「どうしたんだ?病気かい?」
「そうかもしれません。」アルタクスは答えた。「一歩進むごとにわたしの心の憂いが大きくなってゆくのです。もう望みはありません。ご主人さま。苦しくて、苦しくて。だめです、もう進めません。」
「でもゆかなくちゃならないんだ!」アトレーユは大声で言った。「さあ、アルタクス!」
そして手綱をひっぱったが、アルタクスは動かなかった。既に腹まで沈んでいて、しかもそこからぬけだそうと努力するようすすら、もうなかった。
「アルタクス!」アトレーユは叫んだ。「しっかりしろ!さあ。ぬけだすんだ!沈んでしまうじゃないか!」
「放っておいてください、ご主人さま!」馬は答えた。「もうだめです。わたしのことはかまわないで、一人でいってください!この憂いには耐えられません。わたしは死にたいのです。」
アトレーユは死にものぐるいで手綱をひいたが、馬は刻一刻と深く沈み、どうすることもできなかった。とうとう頭だけがどす黒い水の上に出ているばかりになったとき、アトレーユはその頭を両腕でかき抱いた。
『はてしない物語』
作:ミヒャエル・エンデ
訳:上田真而子・佐藤真理子
岩波書店
Never Ending Story
Michael Ende
by jigenlove
| 2012-04-23 13:13
| 物語