自分にとってblogは人生の覚書。Art、映画、音楽に関するTopicsを新旧おりまぜ日々更新中。毎日ココロに浮かんでは消える想いなどつぶやきます。たまに旅をします。(c) jigenlove All rights reserved.


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カテゴリ:物語( 22 )

人生の解

答えが欲しいのはわかります。
でも正解なんてあるんですか。
答えなんか最初からありませんよ。
あるのは人生だけ
それを、生きるだけなんです。

One Tree Hill シーズン3【吹替版】 第17話「喪失の苦しみ」
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by jigenlove | 2012-10-13 22:08 | 物語

想い出の効用

人生は一瞬、一瞬の連続だ
流れる景色のように通り過ぎて行く
でも時々、はっとする一瞬がある
その瞬間は、消えずに記憶に残る
そういう一瞬があると、その時の想い出は、一生色あせない

One Tree Hill シーズン3 第14話「チャンスとハピネス」
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by jigenlove | 2012-10-01 16:50 | 物語

米ドラマ『MADMEN』

Gyaoで放送中のMADMENにはまりました。
役者、脚本、展開、衣装や美術などすべてが”古き良きアメリカ”を感じさせてくれます。
気になったセリフを書き起こして心に留めます。

”【取引先】
いいアイディアが出たかね?
派手な技術ではないので広告の切り口が問題だ。

【広告マン】
確かに派手な技術は消費者の目をひきます。
しかし、それ以上に消費者の心を揺さぶるのが製品に対する特別な愛着です。

前職の会社にテディというギリシャ人のコピーライターがいました。
彼曰く、まず広告に欠かせないのは目新しさとニーズを想起させる要素
—そして製品は自然と消費者の家に収まる。

何が製品への深い愛着につながるのか?

—たとえば郷愁(ノスタルジア)
それは繊細で強い想いです。
ノスタルジアの元来の意味は”古傷の痛み”
それは記憶を圧倒するほど力強い心の疼きです。

この機械は宇宙船ではなく、タイムマシンです。
時間を戻したり、進めたりして、戻りたいと渇望する場所へ連れて行ってくれます。

車輪というより、回転木馬です。
子どもがする冒険にも似ています。
ぐるぐる回って同じところへ帰る。
—自分が愛される場所へと”

コダックの映写機カルーセル


from 『MADMEN』
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by jigenlove | 2012-07-09 22:06 | 物語

憂いの沼

「どうしたんだ?病気かい?」
 「そうかもしれません。」アルタクスは答えた。「一歩進むごとにわたしの心の憂いが大きくなってゆくのです。もう望みはありません。ご主人さま。苦しくて、苦しくて。だめです、もう進めません。」
「でもゆかなくちゃならないんだ!」アトレーユは大声で言った。「さあ、アルタクス!」

 そして手綱をひっぱったが、アルタクスは動かなかった。既に腹まで沈んでいて、しかもそこからぬけだそうと努力するようすすら、もうなかった。
 「アルタクス!」アトレーユは叫んだ。「しっかりしろ!さあ。ぬけだすんだ!沈んでしまうじゃないか!」

 「放っておいてください、ご主人さま!」馬は答えた。「もうだめです。わたしのことはかまわないで、一人でいってください!この憂いには耐えられません。わたしは死にたいのです。」

 アトレーユは死にものぐるいで手綱をひいたが、馬は刻一刻と深く沈み、どうすることもできなかった。とうとう頭だけがどす黒い水の上に出ているばかりになったとき、アトレーユはその頭を両腕でかき抱いた。


『はてしない物語』
作:ミヒャエル・エンデ
訳:上田真而子・佐藤真理子
岩波書店


Never Ending Story
Michael Ende
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by jigenlove | 2012-04-23 13:13 | 物語

これはあなたの人生


これはあなたの人生。
大好きなことをしなさい。しかも頻繁に。
何か気に入らない点があるなら、変えなさい。
いまの仕事が嫌いならやめなさい。
時間が十分にないならテレビをみるのをやめなさい。
愛する人を探しているなら、ちょっと立ち止まりなさい:
あなたが自分の大好きなことに夢中になるときに、
その人は待っていてくれます。
穿ったものの見方はやめなさい、
人生はシンプルなのだから。
すべての感情は美しいものです。
食べるときは、最後の一口まで感謝しなさい。
考えも、腕も、心も、新しいことや人にむけて開いておきなさい。
私たちは互いの違いによって結び付けられるのだから。
次に出会った人にあなたの情熱はなにかときいてみなさい、
そして自分の夢もシェアしなさい。
旅しなさい、
道に迷うことで自分自身を発見するだろうから。
機会は一度しか来ないことがあるから、それを掴みなさい。
人生とは、あなたが会う人、その人と作るもの。
だから今すぐ何かを作り始めなさい。
人生は短い。
だから情熱を身にまとって、
夢を生きなさい。


小物やバッグなどを制作している Holstee という会社のマニフェスト。
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by jigenlove | 2010-09-11 18:57 | 物語

こころにのこる台詞など

”ある気持ちを言葉で伝えないからといって
感じていないわけじゃないの”


~ドーソンズ・クリーク シーズン1第6話 ~
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by jigenlove | 2008-02-27 23:56 | 物語

”Odyssey”

[覚書]

オデュッセイア(古代ギリシアの吟遊詩人ホメロスの叙事詩)
→ローマではユリシウス→英語読みがユリシーズ
ジェイムス・ジョイスの小説「ユリシーズ」→「オデュッセイア」の20世紀アイルランド版

「オーブラザー!」の主人公、G・クルーニー扮する主人公は
ユリシーズ・エヴェレット・マクギー

ホメロス→「盲目」という意味

→ヨハン・シュトラウスの「エレクトラ」

ハインリヒ・シュリーマン

エレクトリシティー→彼女の感情が電撃のように激しかったから
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by jigenlove | 2006-08-14 09:30 | 物語

ある王国のおはなし

むかしむかしとてもちいさな王国がありました。
王様は女の人でした。
女王はとても気むずかし屋でした。

あるとき、家来の1人がこう言いました。
「女王様はとてもお綺麗でいらっしゃる」
それをきいた女王は内心とてもうれしかったのですが、返す言葉に困ってしまいました。

以前は笑って「そうじゃろう。わかっておる。」と笑いながら答えたものでした。
しかし女王は知っていました。女中の中に自分より華奢で女らしく、器量よしの娘がいること、異国の貴族に自分よりすらりと肢体の美しい者がいることを。それを思うと、こころない者がそんな女王をせせら笑っている気がしてしまうのでした。

『何か言葉は返したいが 礼を言えば本気にしていると思われる。
それなら喜ぶわらわが馬鹿らしい。
美しいと言われてうれしくない者はいまいが、これではあまりに仕様がない。』
女王は何回もこのことで悩んだ末に、こう思いました。
『・・・なにか企みがあるのやも知れぬ。』
それに素直に感情を表すことは王様の威厳にだって関わります。

『いっそ綺麗と褒める者はすべて何かの魂胆があるはず。
わらわはそれを見抜いてみせようぞ。』

それからというもの、外見を褒められてもかえって返す言葉に困るために、わずらわしくさえ思うようになりました。もう、「ありがとう」と言うことさえ気疲れするほどです。
周囲の者たちは以前と違う様子の女王に戸惑いました。
『王様はお疲れにちがいない。きっとすぐに元気になって以前の陽気な女王に戻られるさ。』人々はこう噂し合い、そしてややもするとそれにも慣れてしまいました。

当たり前のことですが、女王は王である前に女でした。
女として生まれること。
それは時として男性が思いも付かない十字架を背負っているものです。

若いこと、すらりとしていて曲線豊かであること、陽気でおおらかであること
守ってやりたくなるくらいはかなげであるか、自由奔放で明るく華やかであること
賢くつつしみ深いこと、親切で思慮深いこと
どんなにやり手でも男性を立て、控えめであること
家事や育児が得意であると同時に、自ら進んでよく気が付くこと

いつの時代も無言で求められる女性像はあまり変わらないように思うのでした。
偏屈な女王がその全てを叶えるのは到底無理な話でした。
そして世の多くの女性が多かれ少なかれそれをしていることに驚くと同時に、
信じられない気がしてしまうのでした。
『自分の人生を押し付けられた理想像になろうと努力するなんて・・・
そしてそれに気付かずしている人のなんと多いことか』

多くの公達はそのことを忘れがちでした。
女王はそのことにしばしば幻滅しました。
いっそ一生独り身で生きていくのなら、そのわずらわしさはなくなるのに。
そう思うすぐ後で時に襲ってくる淋しさもまた、誤魔化しようのない事実なのでした。


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↑「世界で一番豊か」といわれるバヌアツ王国画像.
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by jigenlove | 2006-07-14 21:56 | 物語

灯台にて

午後、行きつけの灯台へ。
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灯台へ来たら、すこし空などを見て、やはり海も見て、すこし本を読んで、おにぎりを食べ、それからまた本を読む。
読むのに飽きたら、すこし考えてみる。
さして考えることもないのだけれど、この世で灯台くらい「考える」のに適した場所はない。
なぜかと理由を訊かれても困る。

でも「考える」ということは、いつもの場所を離れ、誰もいないところまで行き、そこで何やら遠くの向こうの方にあるものをうかがったりすることのような気がする。
そのとき、自然と孤独のふりをできるのが灯台のいいところ。
実際誰もいないのだし、うまくすれば携帯電話も圏外を示す。
理由を訊かれても困るが、人はそんなふうにちょっとでも寂しくならないと、本当に「考えるべきこと」を考えない。
傍目に愉快だったり豪快だったりする人も、じつはひとりでこっそり灯台へ出かけ、寂しげに望遠鏡を磨いたり。お腹の腹筋をゆるめて深呼吸をしているに違いない。
そういえば、「灯台もと暗し」という言葉があった。
その暗く心もとない足下をひさしぶりに陽にさらし、おそるおそる確認する。
やぁ、まだ足はあるぞ。
生きてる。助かった。

胸をなでおろし、急いで足場を固めなおす。
ちょうど投手がマウンドに立ったときのように。
あるいは農夫が新しい苗を植えるときみたいに。
うつむきながらも思いを込める。
そのうちようやく「あれ?」と気付き、あわててしゃがみこんで靴のひもがゆるんでいたのを締めなおす。
あぶない、あぶない。
きっちりひもを結んだら、そのままさっと踵を返す。
灯台のいいところは、踵を返して海に背を向けると、いつもの自分の場所にすぐ戻れること。
圏外の自由に満足したら、圏内へ還って「考えた」ことを土産にできること。
いや、それよりも、孤独なふりをしてしまった自分に舌を出し、「考えた」ことなど一切忘れて

「今から行ってもいい?」

誰かに電話をかけてみよう。





『という、はなし』より ~「灯台にて」~ 
文:吉田篤弘 絵:フジモトマサル

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by jigenlove | 2006-04-25 16:09 | 物語

それぞれの愛と冒険

長い航海の間に、バスチアンはしだいにイスカールナリの一員になっていた。
舞を舞っていると、自分個人の思いの力が他の人びとのものと溶けあい一致して、一つの力となってゆくのを感じた。

それは、自分を忘れ他と和合する、独特の感覚だった。
バスチアンは、この共同体にほんとうに受け入れてもらい、その一員になったことを実感した。

----それと同時に、自分がいた世界、そして今そこへの帰り道をさがしている世界に、人間が、みなそれぞれ自分の思いを持ち帰った人間がいる、という記憶が消え去った。

おぼろげながら覚えているのは、自分の家のことと両親のことだけになった。

ところが、バスチアンの心のずっと奥深くには、一人ぼっちでいたくないという望みとは別の、もう一つの望みがあった。
そして、それが、今ひそかに動きはじめた。

それが動きはじめたのは、バスチアンが、イスカールナリたちの共同性はそれぞれまったく異なる思いを一つに調和させてできたものではなく、かれらは共同体としての感情を持つことに何の努力も要らないほど、もともとそっくり同じなのだということに、はじめて気付いた日だった。

かれらは個人としての感情を持っていないので、たがいに争ったり意見の不一致をみたりということは、起こりようのないのだった。
だからたがいの調和を見出すために対立を克服する必要がなかったのだ。

まさにこの努力のなさが、バスチアンはしだいにものたりなく思えてきた。
かれらのおだやかさはつまらなさになり、常に同じメロディーの歌は、単調に思えてきた。

こうしてすべてにものたりなさを覚え、自分が何かに飢えているのを感じはじめたが、それが何なのかはまだわからなかった。


それがはっきりしたのは、その後しばらくして、一羽の大霧鴉が空に姿を現したときのことだった。
イスカールナリはみなこわがり大急ぎで甲板の下にかくれたが、一人だけ逃げ遅れた。
すると恐るべき大霧鴉はするどい鳴き声とともにとびかかり、その不運な男をくちばしでつかみ運び去った。

危険が過ぎ去ると、イスカールナリはみな出てきて、まるで何事もなかったように、歌をうたい舞を舞って旅をつづけた。
悲しみも嘆きもせず、今の出来事については一言話すでもなく、それまでどおり和気あいあいとしてたのしそうだった。

バスチアンがそれを問いただすと、一人がいった。
「いいえ、わたしたちはちゃんとそろっていますよ。どうして嘆くわけがありますか?」

彼らのもとでは、一人一人の個人の問題ではないのだった。
みなそっくり同じで区別がないのだから、かけがえのない個人はいないのだった。

けれどもバスチアンは、一人の個人でありたかった。
ほかのみなと同じ一人ではなく、バスチアンがバスチアンであるからこそ愛してくれる、そういうふうに愛されたかった。
イスカールナリの共同体には和合はあったが、愛はなかった。

バスチアンは最も偉大なものとか、最も強いものとか、最も賢いものでありたいとは、もはや思わなかった。
そういうことはすべてもう卒業していた。
今は、愛されたかった。
しかも、善悪、美醜、賢愚、そんなものとは関係なく、自分の欠点をすべてひっくるめて
----というより、むしろ、その欠点ゆえにこそ、あるがままに愛されたかった。


しかし、あるがままの自分はどうだったのだろう?


バスチアンはもう忘れてしまっていた。
ファンタージェンに来て実にたくさんのものを得た今、その手に入れたものや力に埋もれて、自分自身が見えなくなってしまっていた。

その時以来、バスチアンはもう霧の水夫たちの舞には加わらなかった。
船首の突端にすわり、くる日もくる日も、時には夜どおし、スカイダンのかなたを見つめて暮らした。
そうしてやっと向こう側の岸についた。霧の船が接岸すると、バスチアンはイスカールナリに礼をいって上陸した。

そこには、ばらが一面に咲きみだれていた。
ありとあらゆる色の、ばらの森だった。
そのばらの茂みのまん中に、一本の小径がうねって通っていた。

バスチアンはその小径をたどっていった。


~『はてしない物語』  M・エンデ作~
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by jigenlove | 2006-04-22 13:03 | 物語