自分にとってblogは人生の覚書。Art、映画、音楽に関するTopicsを新旧おりまぜ日々更新中。毎日ココロに浮かんでは消える想いなどつぶやきます。たまに旅をします。(c) jigenlove All rights reserved.


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憂いの沼

「どうしたんだ?病気かい?」
 「そうかもしれません。」アルタクスは答えた。「一歩進むごとにわたしの心の憂いが大きくなってゆくのです。もう望みはありません。ご主人さま。苦しくて、苦しくて。だめです、もう進めません。」
「でもゆかなくちゃならないんだ!」アトレーユは大声で言った。「さあ、アルタクス!」

 そして手綱をひっぱったが、アルタクスは動かなかった。既に腹まで沈んでいて、しかもそこからぬけだそうと努力するようすすら、もうなかった。
 「アルタクス!」アトレーユは叫んだ。「しっかりしろ!さあ。ぬけだすんだ!沈んでしまうじゃないか!」

 「放っておいてください、ご主人さま!」馬は答えた。「もうだめです。わたしのことはかまわないで、一人でいってください!この憂いには耐えられません。わたしは死にたいのです。」

 アトレーユは死にものぐるいで手綱をひいたが、馬は刻一刻と深く沈み、どうすることもできなかった。とうとう頭だけがどす黒い水の上に出ているばかりになったとき、アトレーユはその頭を両腕でかき抱いた。


『はてしない物語』
作:ミヒャエル・エンデ
訳:上田真而子・佐藤真理子
岩波書店


Never Ending Story
Michael Ende
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by jigenlove | 2012-04-23 13:13 | 物語

ユートピア

レーニン=共産主義から資本主義への境目に生きる人たちのおはなし。
時代や社会のおおきな仕組みに翻弄されながらもたくましく生きてゆく。
若者と中年、老年でフィットしたりしなかったり、
時代についていけなかったり、あるいはついていかなかったりする。
明日からいままで当然と思っていたことがひととおり違ってしまったら、さてあなたはどうする?

「時代が間違いなく変わった日だ。覚えておきなさい。」
ベルリンの壁が崩れたその日、父はテレビを見ながら小学生の私にこう言った。

主人公の青年がなんとも愛嬌のあるおかおでした。
・・・ん?もしかしたら「サウンド・オブ・ミュージック」でいじわるやんちゃ坊主の下の男の子かも!しらべなきゃ。

『GOOD BYE LENIN!』 121分 ドイツ映画
監督:ウォルフガング・ベッカー
出演:

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by jigenlove | 2006-11-15 23:51 | 映画

朝からついてる

Pet Shop Boys 'Home and Dry'

寝起きにラジオをつけたら一発目にかかった曲。
ボーカルの人が実家から出て独立して、久しぶりにお姉さんの家で朝ごはんを食べている時、ふと思いついたフレーズを曲にしたそう。
なんだか雰囲気全体が昔のアメリカぽくていいなーとおもて検索したらなんと
WolfgangTilmansのPVがでてきたじゃあ~りませんか!

ビギナーズラックに賭けて1枚だけ買ったサマージャンボ
外れてがっかりしてたなんてこたーない。
朝からついてるわ。

なぜネズミ?という他の視聴者からの素朴な疑問はおいておいて。
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by jigenlove | 2006-08-13 11:14 | お唄

『Bafuss』・・・裸足の女・・・

ドイツ映画祭に三日通った。
座談会、『3℃下がれば』、そして

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『裸足の女』
監督・脚本・編集・主演/ティル・シュヴァイガー
(↑この顔に見覚えあるかも。映画『Nockin'onHeaven’sDoor』の片方の俳優です.)

「外人」と言うときは=欧米人、それもアメリカ人だと思っていた小学生の私。「エスニック」の直訳は’異国風の’だが主にアジアやアフリカ様式(欧米にとっての異国)を指すように。だからかつて私にとって「外国」はアメリカを指し、洋画=ハリウッドと同義語だった。派手でメチャクチャ、心底退屈なある種のハリウッド映画しか子どもに見せないと情緒が乏しくなるに違いない。

ここ何年かはスペイン映画に強く惹かれ、今回ドイツ映画を見る機会に恵まれあらためて映画の楽しさを噛みしめた。
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by jigenlove | 2006-07-20 10:38 | 映画

ドイツ映画祭


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『3℃下がれば』

期間:7月16日(日)~20日(木)
会場:有楽町朝日ホール(有楽町駅下車すぐ)

日本未公開、公開先行含め新作10本に加え、今年から4本の短篇も上映。更に、昨年「ドイツ時代のラングとムルナウ」で好評だったサイレント映画を今年も演奏付きで上映。今年はショートショート映画祭@原宿を見逃した私。楽しそうだな、これ。

ドイツ映画祭2006
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by jigenlove | 2006-07-16 23:28 | 映画

考えてた

ずっと考えていたe0079749_20343056.jpg













バルケンホールさんはなぜレリーフに挑んだのか?
正直建物や風景のレリーフ群は
作品としてある程度のレベルをもっていないように思える。
建物の凹凸は面白みやぬくもりがあるが
背景がまったく分離してしまって空間とは言い難いんだ.

誤解を恐れずに伺いたい。
私はあなたの表現、特にジャンルの違いや手法を問わず表現することを恐れない制作姿勢には尊敬の念を惜しまない.

その上でのあなたのレリーフは非常にリスキーだ.
絵画は二次元のものが三次元や四次元になり得るもの. 
絵画はまた物質でもある.
これに対し彫刻は物質のかたまりそのもの
存在そのものでありこれを表現しやすい.
平面でのあなたの仕事は、特に風景などの具象の形をとると
空間の捉え方が稚拙な印象を受けてしまう
そこがうまくいっていないと思う

今回のシリーズ(風景、建物)は正直言って成功しているとは言い難いように思える.
でもこれが新たな挑戦であることは間違いない。
そして私はそれがうまくいくことを祈っている.
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制作で行き詰っている問題を(こっそり)教えてくださいませんか。













・・・って本人に尋ねたい、またお会いできたら。
あなたの次作を心待ちにしてる.
→シュテファン・バルケンホール展
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by jigenlove | 2005-11-07 20:30 | 展覧会

アウグスト・ザンダー展 [国立近代美術館二階展示室]

類型学的に社会の人々を撮っている作家ということで
初めて彼の作品を見ました.
作品はどれもはがきサイズ位の小ぶりで職業別になっていて
「農夫」「中流階級の夫婦」「プロテスタントの司教」・・・etc.

そのうち「若い実業家」「芸術学者」て段になるまで見ていると
服装は勿論、姿勢や物腰、顔つきまではっきりと
その人が置かれている環境を物語っていて。

あんまりその人を語るから
顔つきでどんな人かわかるよう訓練ダ(何に使う気?)と思い
キャプションを先に見ないように注意して進んでいくと
お、この人すき.とか子供のような眼しとる、とか思う人、
「画家」の男性に「彫刻家」の女性。
「作曲家」「ピアニスト」は気難しそうで厳しそうな面持ち.
「卸売り業者」の中年夫婦はなんだかお洒落、
服飾関係なのか?とかまで考え出す

笑った括りが「ボヘミアン」、
見ている自分の社会的立場は会社員なんだけど
気持ちはあなたがたと一緒なんですよ!トントン、て肩たたきたかった

そして好きだと思う人たちだけ改めてまた 
その人に会いに行くような気持ちでその写真の前に立ってゐた.

農夫の老人の諦念したようなまなざし
若い農夫のめかし込んだ姿
炭鉱夫の細い目、がっしりとした体つき
中流階級の若い母親が子供とくつろいでいる様子
考えてばかりいるのが見て取れる苦学生


最後に柱に架かったザンダーさんが、厳しい目でこちらを見てた.
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by jigenlove | 2005-11-03 23:40 | 展覧会

シグマー・ポルケ

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行ってきました。
けれども昨日のシュテファン見た後じゃ なんだか窮屈にさえ感じたよ.
みたい作品郡じゃなかったからかな、アクリルの大きな絵中心でした。
でも勿論美しい。この画布に彼が筆や何かで触れたかと想像するだけで
作品を親密に感じる.実物を拝めて満足。次は紙のDrawingが見たい。

上野の森美術館、いつの間に新しい建物が立てられてた。混んでいなくていい。
それにしても今、私の中で独逸がアツい!!
日本におけるドイツ年を受けてより紹介されているからネ。

シュテファンさんとはドイツつながり、シュヴァンクマイエルさんとは「アリス」つながりの
シグマーさん。おじいちゃんたちイカす!!
(シュテファンさんはまだ48、おじさん.か)
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by jigenlove | 2005-10-16 15:36 | 展覧会

Beautiful is not sweet、also shock.

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行ってきました、観てきました!
Stephan Balkenhol
シュテファン・バルケンホール

(ドイツの現代彫刻家)
東京オペラシティで本日スタートの展覧会。今年のマストに挙げましょう。
POPな彫刻入門とでも申しましょうか?意外にも日本での初めての個展だとか。(先に大阪、開催中の東京の2会場。)



今日は本人によるギャラリートーク。時間が迫るにつれホールに沢山の人が集まるざっと100人は超えていただろう。本人も予想していなかったらしく驚いた様子。キュレーターの美人で気の強そうなお姉さんと丁寧で発音の良い通訳さん、そして作家である彼が登場。
背が高く恰幅の良い力持ちってカンジだ。それもその筈、木で出来た大きな頭部の作品などは100kgはあり、7人以上で上げ下げし展示すると言う。この日の彼の様子はブルーのチェックのシャツにリーバイスのジーンズ、キャラメル色の革ブーツというラフないでたち。さながら樵か大工さん。ただし切れ者。

以下が内容、その場でメモしたものを元に起こした。早速いくつかご紹介しよう。[注:質問はキュレーターと会場の観客。ギャラリートークは会場内を作家と移動し行われた。]

Q.あなたの作品の人物像は無表情で中立的である。動物の作品群が面白いポーズだったり、顔が笑っているわけではないが表情豊かなのに対し、意図は何か?

A.わたしの今まで作品は大きくふたつに分けれらる。①人物像②動物たちだ。これに最近は写真を基にした人物レリーフ、風景のレリーフが加わる。確かに②はレジーなもの、コミカルなものが多い。あと、ハイブリットなもの(動物の頭部に人の体)もある。

これに対し、①は無表情に作られている。わたしが表したいものは人物の表情ではない。何かと何かの間だ。そのどちらでもないように心掛けている。表情によって何かを表すことには興味がない。もっと言えば何かを表現し過ぎないように注意している。

これには理由がある。例えば「笑う」動作や感情を表現したいならもっと別の方法がある。映像作品や映画を撮ればいい。人物の表情で注意しているのはオープンであること。またアクションとアクションを起こす間を表している。e0079749_9104936.jpg

Q.あなたの作品は巨大な頭部だったり、全身像でも2mあって、あり得なくはないがわずかに大きかったりして日常見るものより違和感を感じたり、かと思うと 小さな人物や動物であったりする。作品のサイズの決め方やインスピレーションはどのように沸いてくるのでしょうか。

A.展示スペースがあらかじめ決まっている時は、その場所にふさわしいと思える大きさを思い描く。あともちろん倉庫にあるキーでもインスパイアされる.その両方だ。木によってはすごく個性の強いものもあるんだ。それに手に入りやすいということ。とても太い幹のあの作品に使った木はすぐ近所で手に入るんだ.重要なことさ。

あと、先ほど述べたふさわしいサイズについてだが、必ずしも大きな会場に大きな作品を持ってくるわけではない。とても天井の高い部屋に小さな人物像を配するとモニュメンタルになったり、ということがある。作る時や配置する時はそのものの物理的な存在を感じて作っている。そういう意味で展覧会は毎回LIVEな作業だ。その作品を会場に配置する度、新たないのちを吹き込まれるのを感じる.別の可能性が見えるんだ。それが毎回実に楽しいことだ。
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Q.さて、あなたの作品には、毎回高い位置に配するもの、必ずペアで置かれるものもある。先ほどの説明とは反対に、場所や見せ方が決まっている作品もあるようだが?

A.今回も高い位置にあるあの作品は、いつもならもっと高い位置にするんだ。(笑) そしてロダンの「接吻」が転写されているシルクスクリーンのパネルとその前のミケランジェロの「ピエタ」像の彫刻はセットの作品で別々にすることは考えていない。今回の設置場所はキュレーターと試行錯誤しながら壁で仕切ったが、朝早いと天窓から光が差し込んで ちょうどカソリックの教会みたいに神聖な雰囲気が出て面白い。毎回遊び心を持って展示している。

Q.あなたの「ピエタ」像は粗く削ったままでささくれが立ち、日本で言えば円空のような素朴な味わいに溢れています。日本でも円空のような人はいましたが、近年は表面がつるりとした精巧なものが多い。これは日本の伝統的文化である精巧さや細やかさが好まれる背景も恐らく関係があると思われます。あなたの作品の途中で止めたようなものや、すべての作品に見られるささくれ、表面の処理についてお訊かせください。

A.14歳の時初めて木を削り足を作った。その時はつるつるに磨いたんだよ.それから次第に今のスタイルになった。24歳の時。チェーンソーで木を切り出し、その塊を粗く彫るんだ。いつも迷うことがある。それはどの時点で止めるかだ。あの「ピエタ」はかなり粗い状態で止め、この先どうなっていくのか想像してもらうようにした。例えて言うならあのピースはスケッチだ。作品は綺麗に仕上げれば良いのではない。いつ止めるか.どのタイミングを切り取るか。いつもオープンでライブラリーな状態になるよう心掛けている。

あと、よくある質問で返答に困るのが「この作品を作るのにどれくらいかかりましたか?」というのだ。これには毎回「・・・48年」とでも答えたくなる。答えられないんだ。確かに1週間かかるものもあれば数ヶ月かかるものもある。
反対に数時間で出来てしまうものもある。ただそれは手を動かしたり作業している時間であって 作るものにはわたしの経験だったり、出来事、インスピレーションが含まれ、そこに集約されている。わたしは作業は早いほうだ。でも手を動かしている時間が制作時間というわけではない。ちょうどプロのスポーツ選手に例えられるかもしれない
毎日厳しいトレーニングを積み、試合で走る時間は100m10秒もかからない。でもそこまでに行き着くには 人生のほとんどの時間を費やしているだろう。
キュレーター:作家はよくその質問をされ、ある人ははっきり「最も退屈なQuestionだ」と言いきる人もいますね(笑)。

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Q.あなたの作品は観る者を惹きつけ、美術や彫刻の歴史、背景、知識など専門に学んだ人でなくても楽しむことができます。その魅力の要因は何だと考えていますか?

A.とても答えづらい、難しい質問だ.
今思ったことは、わたしの作品は具象的で 頭がここにあって手があって、という風に分かりやすいからではないだろうか。と言っても必ずしも本当に見る人が私の作品を理解しているかは疑問だ。思うに観客は、自分が作品を理解できている、と思えることが好きなのではないだろうか.

あと、ただ見て楽しいのも良いが何が良いのか、なぜ見た作品に惹かれるのか?
これを理解したほうがもっといいだろう.
例えばクラシック音楽なら、バッハを聴いて心地よいと感じたら音楽の構造を理解するとさらにより深く何かを感じることが出来るだろう。そうすることで作品を更に楽しめ、理解して、作品のあらゆる側面を捉えることができる。
美術においてもそれを助けるのが美術や彫刻の歴史、その作品が生まれた社会的背景や文化、過程を知ることであり、知識や教養を身につけることだ。これを知るのと知らないのは大違いであり学び続けていくことが大切だ。

あと、わたしが好む’美しさ’や見せたいと思っているもの、表れたものが人々の好みと合致しているからではないだろうか?それがわたしの作品が親しみやすいと感じられる所以かもしれない.

ある美術評論家はこう言う
「本物のアートは痛みを伴うものだ」
この痛みとは何か?
あるいはショックと言い換えてもいいだろう。今活躍している本当に若いアーティストの中には、ショッキングなもの、残酷なもの、人々がびっくりするようなものを作る人も多い。

そもそも’美しさ’とは何か?
美しさとは甘いということではない。
美しさは綺麗というだけではない。
’美’を何に感じるか?
’美’はショックでもあり、綺麗でもあるがこれらはイコールではない。
’美しさ’とは何か?これは作家の抱える命題だ。

わたしが表したいものはショックではない。ただしショックが必ずしも悪いというわけではない.美しいものが美しいと同時にショックなものであったらいい、という考えだ。例えばとても美しい女性に出会って胸がドキドキして楽しくなったりイライラしたり眠れなくなったりと、そういうショックもあるのでは?(笑)

Q.あなたの作品は着彩されています。具象彫刻が着彩されているのは私は自然に感じて好きです。しかし彫刻の世界で意外と珍しい部類に入るのではないでしょうか。例えば民芸品や工芸の世界では着彩されたものは多い。この手法をあなたはどう考えていますか?または独自の手法と捉えていますか?

A.わたしの作品は最初から色を塗ることを免れません。始めからそのつもりで作ります。もしかしたら木という素材を忘れるためにしているのかもしれません。他の作家では、木の美しさを見せるために表面を滑らかに整え、さらに磨いたりするでしょう。わたしはそれには興味がありません。それは表したいことではない。見たものをその通りに、本物そっくりに表現することにも興味がありません。

Q.若い作家、またはその卵たちへなにかメッセージをお願いします。

A.ドイツの大学で教鞭を執っているが、レジーな若者が多い。制作しないで遊んで過ごし、とにかく作らない。制作のプロセスだと言いながらカフェにたむろっているだとか。
その人のしてきたこと、感じたことすべてが作品に含まれ、反映されるんだ、それなのにどうして?!作品を作って発表するのはとてつもないパワーが要ることなんだ.ギャラリストやコレクターや観客、それらすべての人々を巻き込むようなものでないとならないから。怠惰に過ごして、そんなパワーを感じられる作品を一体全体作ることができるものだろうか?決して作れないだろう。So,keep on!!

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http://www.operacity.jp/ag/exh66.html
会場でまた学友5人と会いSUBWAY。
偶然なんだけどもうこの会い具合ナニ。
行動範囲って限られてますよね、美術に関心のある若者の行くとこなんて.
でも今は大雨、早く引き上げてきてよかった。どこかでまた遭おう。
しかし今晩はよく降りますね.
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by jigenlove | 2005-10-15 21:45 | 展覧会