続々・タイラストナイト
2006年 08月 19日
「ここで待ってて。あと少ししたら近所のもうひとつの店舗に行くから。」
とCD屋の兄ちゃん、オーレェが言う。
一人旅で気ままにどこへ行くにも自分で決めてきた私にはなんだか新鮮だった。身の振り方を指図されるのがうれしい。別にマゾヒストというわけではない。ただいつ何をしてもいい、ここにいてもいなくてもいい、という状況には飽きてきた。
という訳で買い物も済ませ私はまたこの店に休みに来たのだった。
外国で気をつけなくてはならないスリや引ったくり、置き引き。
いい気にさせて睡眠薬を混ぜた飲み物をすすめて身ぐるみ剥がしたりポケットに麻薬を入れたり。そういうもしもに備え、よくある犯罪の手口の予備知識だけはひととおり知るようにした。騙されたら困るのは自分。警戒心があれば未然に防げるものばかりだ。
ただし警戒してばかりだと疲れるし楽しみにくい。
そんな時はその人を見て、後はなんとなく感覚で判断した。嘘やでまかせは目や仕草が語る。実際出会う人は親切で気前のいい人が圧倒的に多かった。道を訊いたら一緒に途中まで連れて行ってくれる。少し話して一緒に船に乗ると席を確保してくれ、乗車賃を払おうとするといらないと言われる。学校の先生はバス代を貸してくれようとする。行きに高い運賃をふっかけてきて断ったタクシー運転手に帰り道で会うと「今日はどこへ行ったの?」とにこにこ訊いてくる。今日も学校だよ。そうか。「キン カオ レォーオ?(’ご飯食べた?’挨拶代わりに用いる)」と返すと笑ってくれた。
そのCD屋でトイレを貸してくれと頼むとともう一軒の店にあると言う。
オーレは用が済んだらしく、一緒に店が並ぶ小道を抜けていった。現地の人と歩くと怪しげな路地だってこんなにも安心感がある。次の店に着いた。
トイレの張り紙を見たオーレが困った顔をした。
『OUT OF ORDER』
近くのシティホテルで借りたらいい、そこを出てすぐ左だよ、と教えてくれるが私は戸惑った。利用していない宿泊施設でトイレだけ借りるなんて入りづらい。「えー」という感じの私をオーレの弟、オンがそこへ連れて行ってくれた。花が生けられた豪華なロビー。施設内のマッサージルームのおばさんが暇そうに私を呼び込んでくる。ああトイレ、そこね、と教えてくれた。
外ではオンが待っていてくれた。店に戻るとそこにいた他の売り子も交え、再び話す。自分の名前を漢字で書いてくれ、なぜマッサージを習いにきたの、日本でジーンズはいくらするかとかの他愛ない話だ。
夜の10時にさしかかり、そろそろ帰らなくてはならない時間だった。帰りたくない。もう少しだけ。10時半になった。
「11時になったら店を閉めて他の友達のところで遊ぶから君も一緒に行こう。」
友人宅、それは避けたほうがいいんだろうな、行きたいけど。すでに先程までの彼らを見ていてある程度の警戒心は解いていたが、自ら進んでほいほいと密室に入るのはいくらなんでもまずい。「友達の部屋で遊ぶの?それは危ないんじゃない?」とオーレに訊くと違う違うと言う。外の道端で話してずっと過ごすんだよ、ギター弾いたり歌ったりしてさ。君はできる?オンは待ちきれないぜとばかりに空で弦をはじく素振りをした。ちょっとすごく楽しそうだ、行きたい出来れば行きたいんだ。苦しそうに迷ってしばらく考えた。
明日一日の予定を考えると帰らなければならなかった。車で遠出した後にその日の深夜便で帰国するハードスケジュールで、その観光の車が何時に迎えに来るか、夜電話がホテルの部屋にかかってくるとガイドのポムさんから言われていた。明日のスケジュールが立たない。携帯がないってのは不便だな。
しばらく悩んだ後、一旦部屋に帰ることにした。休息か、夜通し遊ぶか。どちらも捨てがたく、今朝から強烈な腹痛に襲われたことなどなかったことにしてもいい、それくらい彼らといるのは楽しかった。「電話を待たなくちゃならないから一度帰る。それからどうするか決めるよ」とオーレに告げると分かった、どちらに決めても電話してくれと番号を渡された。
タクシーに乗るとまもなく眠気が押しよせて来た。連日の暑さと疲れからか体躯がだるい。遠くで雨の音が聞こえる。雷とスコールがバンコクの夜を洗い流す。
眠気でずっしりと重い体でなんとか部屋まで辿りつき、ガイドの人とオーレに電話してすぐベッドで熟睡した。オーレとは「次いつタイへ来る?また遊ぼう」と叶うとも分からない約束をして別れた。タイにきたらカオサンのあのCDショップに来い。きっとだ、俺の携帯番号なくすなよ。わかった。
またね、さよなら。
とCD屋の兄ちゃん、オーレェが言う。
一人旅で気ままにどこへ行くにも自分で決めてきた私にはなんだか新鮮だった。身の振り方を指図されるのがうれしい。別にマゾヒストというわけではない。ただいつ何をしてもいい、ここにいてもいなくてもいい、という状況には飽きてきた。
という訳で買い物も済ませ私はまたこの店に休みに来たのだった。
外国で気をつけなくてはならないスリや引ったくり、置き引き。
いい気にさせて睡眠薬を混ぜた飲み物をすすめて身ぐるみ剥がしたりポケットに麻薬を入れたり。そういうもしもに備え、よくある犯罪の手口の予備知識だけはひととおり知るようにした。騙されたら困るのは自分。警戒心があれば未然に防げるものばかりだ。
ただし警戒してばかりだと疲れるし楽しみにくい。
そんな時はその人を見て、後はなんとなく感覚で判断した。嘘やでまかせは目や仕草が語る。実際出会う人は親切で気前のいい人が圧倒的に多かった。道を訊いたら一緒に途中まで連れて行ってくれる。少し話して一緒に船に乗ると席を確保してくれ、乗車賃を払おうとするといらないと言われる。学校の先生はバス代を貸してくれようとする。行きに高い運賃をふっかけてきて断ったタクシー運転手に帰り道で会うと「今日はどこへ行ったの?」とにこにこ訊いてくる。今日も学校だよ。そうか。「キン カオ レォーオ?(’ご飯食べた?’挨拶代わりに用いる)」と返すと笑ってくれた。
そのCD屋でトイレを貸してくれと頼むとともう一軒の店にあると言う。
オーレは用が済んだらしく、一緒に店が並ぶ小道を抜けていった。現地の人と歩くと怪しげな路地だってこんなにも安心感がある。次の店に着いた。
トイレの張り紙を見たオーレが困った顔をした。
『OUT OF ORDER』
近くのシティホテルで借りたらいい、そこを出てすぐ左だよ、と教えてくれるが私は戸惑った。利用していない宿泊施設でトイレだけ借りるなんて入りづらい。「えー」という感じの私をオーレの弟、オンがそこへ連れて行ってくれた。花が生けられた豪華なロビー。施設内のマッサージルームのおばさんが暇そうに私を呼び込んでくる。ああトイレ、そこね、と教えてくれた。
外ではオンが待っていてくれた。店に戻るとそこにいた他の売り子も交え、再び話す。自分の名前を漢字で書いてくれ、なぜマッサージを習いにきたの、日本でジーンズはいくらするかとかの他愛ない話だ。
夜の10時にさしかかり、そろそろ帰らなくてはならない時間だった。帰りたくない。もう少しだけ。10時半になった。
「11時になったら店を閉めて他の友達のところで遊ぶから君も一緒に行こう。」
友人宅、それは避けたほうがいいんだろうな、行きたいけど。すでに先程までの彼らを見ていてある程度の警戒心は解いていたが、自ら進んでほいほいと密室に入るのはいくらなんでもまずい。「友達の部屋で遊ぶの?それは危ないんじゃない?」とオーレに訊くと違う違うと言う。外の道端で話してずっと過ごすんだよ、ギター弾いたり歌ったりしてさ。君はできる?オンは待ちきれないぜとばかりに空で弦をはじく素振りをした。ちょっとすごく楽しそうだ、行きたい出来れば行きたいんだ。苦しそうに迷ってしばらく考えた。
明日一日の予定を考えると帰らなければならなかった。車で遠出した後にその日の深夜便で帰国するハードスケジュールで、その観光の車が何時に迎えに来るか、夜電話がホテルの部屋にかかってくるとガイドのポムさんから言われていた。明日のスケジュールが立たない。携帯がないってのは不便だな。
しばらく悩んだ後、一旦部屋に帰ることにした。休息か、夜通し遊ぶか。どちらも捨てがたく、今朝から強烈な腹痛に襲われたことなどなかったことにしてもいい、それくらい彼らといるのは楽しかった。「電話を待たなくちゃならないから一度帰る。それからどうするか決めるよ」とオーレに告げると分かった、どちらに決めても電話してくれと番号を渡された。
タクシーに乗るとまもなく眠気が押しよせて来た。連日の暑さと疲れからか体躯がだるい。遠くで雨の音が聞こえる。雷とスコールがバンコクの夜を洗い流す。
眠気でずっしりと重い体でなんとか部屋まで辿りつき、ガイドの人とオーレに電話してすぐベッドで熟睡した。オーレとは「次いつタイへ来る?また遊ぼう」と叶うとも分からない約束をして別れた。タイにきたらカオサンのあのCDショップに来い。きっとだ、俺の携帯番号なくすなよ。わかった。
またね、さよなら。
by jigenlove
| 2006-08-19 23:35
| 旅